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インターネットあっちこっち

おじさんが、水族館や動物園に行ったり、そのへんでお酒を飲むブログです

あっちこっちいった目次

身近な要塞、猿島を訪ねる

適当に関東を南下する

ひょんなことで「なんとなく街歩きというか巡検でもしませんか」というような声をかけて頂き、おっさん総勢5名で新宿に集合したある冬の日。特に当て所なく、「鎌倉か三浦か横須賀行きましょう」と横浜横須賀道路を南下しながら主催者氏の軽妙な『魔法つかいプリキュア!』推しトークと横浜南部の団地開発トークを聞き、横須賀PAでご飯を食べてながら考えていたところ、僕以外のみなさんが横須賀と猿島行ったことがないのが判明したため、じゃあ、ということで衣笠ICから衣笠ICから大回りで猿島を目指すことになりました。

猿島へ渡るぞ

横須賀ポートマケットというお土産物屋複合施設に車を停め、桟橋へ歩いていきます。
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(灰色の船を指差しながら)「あっ!ゆりしーずさん!あれですね!あれで猿島渡るんですね!!」
「ちがいます、あれはせんかんみかさです。渡し船は手前の方」
というお約束のやり取りを経た後、渡し船の時刻表を確認すると、少し時間の余裕があったので三笠も見学することにしました。

「主砲が米海軍基地の方を向いたまま展示されてるの批評性がある」
「批評性?」

三笠見学記は気が向いたら別項とする予定です。
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三笠公園の一角というか横にある桟橋から猿島まではほんの10分ほど。
島の一部が白いのなんだろうと思っていたのですが
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ウの営巣地に堆積したウの糞でした。あれが何万年か経てばリン鉱石に……。ヨッシャ我が国もいずれ資源大国や!!
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猿島側の桟橋。夏になるとこの砂浜が海水浴場となります。
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ビジターセンター兼管理事務所兼売店みたいなやつの前を通って要塞の中に入っていきます。

何の説明もなく置かれている機械の残骸なのですが、きっとなんか由緒があるんだと思う。たぶん。
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こちら、上記ビジターセンター裏の元要塞用の発電所。煙突のレンガ積みに時代を感じます。中の機械とともに改修されつつ今でも使用されているみたい。

東京(湾)の防衛と、猿島

さて、そもそもなんでこの猿島というところにかつての砲台の遺構が残っているのでしょうか。
「軍港である横須賀港の近くだからでは?」というのはその通りなのですが、猿島が果たした役割を含めて簡単に紹介したいと思います。いま簡単って言いましたけど、話したいことが出てきたオタク特有の長広舌になりますのでアレでしたら飛ばしてください。でも読んでくれたらうれしいな!

江戸時代後期から外国船に備えるため、東京湾の最も狭い部分である観音崎―富津には陣屋や台場が置かれていました。しかしこれはあまり有力ではなく、ペリー艦隊の東京湾侵入を防げませんでした。この結果、より近代的な海防施設で江戸を防御することが計画され、品川沖に今にもその姿を残す「お台場」が築かれたのは皆さんご存知の通りです。T.Y.ハーバー辺りが海で第四台場と御殿山下台場に挟まれていたなんていうのは今の付近の情景からするとちょっと信じられないですよね。

さて、明治期に入ると火砲技術の進化(主に射程)と防衛範囲の広がり(東京市街地だけでなく国際港横浜、軍港横須賀の防衛)により、再び「品川沖に要塞置いておいても仕方ない、東京湾を防衛するような要塞群を設置するようにしよう」ということになりました。こうして横須賀港周辺と、観音崎―富津のラインに人工島を含めた要塞群の設置が始まります。猿島はこの要塞群の一つとして明治17年(1884年)6月30日に竣工しました。レンガによって構築された遺構はほぼこの時のものです*1
しかしやがて、東京湾を大地震が襲います。関東大震災です。関東大震災による被害と、さらなる火砲技術の進化(主に射程)が、観音崎―富津ラインの要塞群の価値を半減させてしまいました。このため、東京湾を防備する要塞群は再編成され、その主力は東京湾外縁、即ち観音崎―洲崎のラインに設置されるようになりました。この流れの中で猿島は大正14年7月に陸軍の要塞としては除籍され、海軍の管理下に入ります。
海軍の管理下にあった猿島は空中聴音機*2、ついで高角砲(40口径三年式8センチ高角砲4門)が設置*3され、また、陸軍所有のまま猿島に置かれていた要塞砲の移管を受ける*4など、横須賀防備のための砲台として徐々に戦備を整えていきます。んで、戦時中の動きとかよくわかんなくてアジ歴の資料見てると戦争末期に前述の高角砲が89式12.7㎝連装高角砲に換装されるとともに、どうも猿島について調べている方々のサイトなど読むと、40㎜機銃や25㎜機銃も配備されていたという証言があるそうです。

苔むす切り通し


先ほどの発電機室を反時計回りに回り込んで出るのがこの道。もう既に滅茶苦茶に雰囲気がありますね。
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この木道は見学用に新たに作られたもの。ちょっと尾瀬とかの桟道を思い起こさせます。向かって左手が横須賀、右手が千葉側で、この切り通しの左右に弾薬庫や兵員室が並んでいます。
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徐々に植生に覆われていくレンガの地下室、この得も言われぬブルース感とSF感。
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こちらは便所跡。遺構にふっと現れる生活痕は施設のリアリティを高めます。いや、これはもちろんリアルそのものなんですけど、人に見せるものではない施設が残って展示されていること、なにか歴史の強度のようなものを感じずにはおれません。

欧州の城塞を思わせる美しいトンネル

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木道をどん詰まりまで歩くと美しいトンネルが現れます。俗称「愛のトンネル」というらしいのですが、どのへんが愛かは説明もなく不明です。愛、愛ってなんだ……
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このトンネルはレンガの長辺(長手)と短辺(小口)を交互に並べたフランス積み*5現存している施設としてはかなり珍しいものだそうです。
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真ん中辺りから入り口を振り返る。
中にも兵員室か弾薬庫だろうと推定される部屋が並んでいます。

遅ればせながら年明けからFGOを初めたオタクなので当然こういう光景に心奪われ、シャトー・ディフ*6じゃん!!!と興奮しました。
おそらくトンネル内から砲台に取り付くための階段なんでしょう。
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トンネルは真ん中からゆっくりと下り坂になります。水平に掘ったほうが楽というか、シンプルだと思うんですが、頭上の土被りの厚みの問題なのかしら。
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トンネルを通り抜けると小さいトンネル2つ*7と砲台へ続く階段に囲まれたオープンスペースにでます。

上記に写ってないトンネル。こちらはレンガ積みではなく漆喰*8と石垣で作られているのが興味深い。根拠レスですが、要塞各所への交差点みたいなものかな。
なお、欧州の城塞一回も行ったことないです。

日蓮上人伝説も伝わる島

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小さなトンネルを抜けると目に入ってくるのがこの円形のコンクリートの何か。戦前に設置された40口径三年式8センチ高角砲の台座跡です。

骨材の混ざり具合はこれくらい。
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北側にある別の高角砲台跡。
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後ろ側にはどう見ても人工的に掘削された切り通しがあったんですが、色々堆積していて道なのか何のかよくわからない……。
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砲台の奥の階段から北東側を眺める。一番東京湾が広く見える角度だと思います。この階段、結構急で狭くて長いんですよ。

階段途中にある洞窟。「日蓮上人が安房から鎌倉へ向かうべく東京湾を横断した際に遭難、その際に避難していた」という伝承が伝わっているとのこと。そもそもサルがまったくいないこの猿島の「猿」自体、この遭難の時に日蓮を導いた白猿の伝承に由来しています。ここからは弥生時代の道具やら人骨がでているそうで、昔から避泊等に使われているうちに信仰に結びついていったのかもしれませんね。
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降りきった先は磯場になっていて、折りたたみ椅子広げながら釣りしている人とかいました。
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桟橋に戻りながらトンネルを抜けた最初の砲台を通り越すと3基目の砲台跡が目に入ります。
今回はスルーしてしまったんですがここからより海の近くに降りていく道があって、その先に江戸時代の台場の跡に整備された広場があります。
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別の時に行った写真ですがこんな感じ。先程の砲台脇からの写真と反対に、こちらはおおむね東京湾の一番狭い部分の風景です。

ゲルショッカー結団式の展望台ももはや史跡感でてきた

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左の階段の道を上がっていくとそこには「仮面ライダー」シリーズで日本征服を狙っていた秘密組織「ゲルショッカー」が結団式をおこなった展望台が建っているはずなのですが……。
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完全に廃墟の趣であり、歴史はやはり敗者に厳しいものだということがうかがえます。ゲルショッカーが世界を征服していたら、ここも本物の聖地として修復・保存事業が行われていたに違いない。
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展望台がある広場からは横須賀港と横須賀市の町並みがよく見えます。猿島で一番動きがある展望が見えるところかもしれません。
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展望台から少し歩くと先程見たものよりより本格的な砲台跡が目に入ります。おそらく明治時代の砲台を転用した八九式12.7㎝連装高角砲の砲台跡でしょう。推測ですが、周りの地下室は弾薬庫や指揮装置になっていたんじゃなかろうか。
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こちらのコンクリートを見ると三年式8センチ高角砲ものより骨材が多く、貝殻が混入しているようにも見受けられ、物資不足の戦時中の施工なのではないかと思われます。
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さらに奥にはもう一つ同じような砲台跡が。こちらは手前にロープが張ってあり近寄れませんでした。いつか整備されて中入れるようになるんだろうか。
最終の戻り便で横須賀本土へ。


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ということで帰桟。お疲れ様でした。
僕はと言えば

*1:東京湾要塞跡(猿島砲台跡)|横須賀市

*2:「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C05022238500、公文備考 昭和7年 I 兵器 巻3(防衛省防衛研究所)」

*3:「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C05035354000、公文備考 昭和11年 Q 水路関係 巻5(防衛省防衛研究所)」

*4:「JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C01007244100、昭和14年 「乙輯 第2類 第3冊 兵器(其2)」(防衛省防衛研究所)」

*5:本当は「フランドル積み」というのが正しい名称なのですが日本には当初「フランス積み」という名前が伝わっていたとのこと

*6:復刻イベントで知りました

*7:見切れてますが右手にもう一つトンネルがあります

*8:たぶん

霧で深山幽谷の雰囲気を醸し出す榛名神社とその隠しステージがすごかった話

hms-ulysses.hatenablog.com
こちらのイベント、14時前にはだいたい見尽くした感じとなり*1、さてもうひと遊び何かしたいと思ったところなのですが生憎の雨。特に何をするというのが思いつかないままに、ままよ、ドライブしつつ温泉地を目指そうと、ぐねぐねの山道を南側から辿って榛名湖方面を目指します。途中の峠道2車線ないところが結構あって、運転してて楽しかったんですが、それはそれとして今回のメンバーに皆さんが車に強くて本当に良かった。運転手なので道中の写真ナシ!

霧に抱かれて静かに眠る?起きてる?榛名湖

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県道28号を抜けるとそこは榛名湖。
霧に包まれた湖畔に立つ謎の建物*2。どう見ても中で難しい殺人事件が起こっているパターンですよこの霧のまとい方。興奮してみんなで写真を撮りまくる。

湖畔脇にあった完全に人がいなくて空調も全く入っておらず、屋外より寒くて、文明崩壊後かよという風情があるビジターセンター。

あとなんかビジターセンターの駐車場に暇そうなウマと暇そうな人間がいました。この天気だと馬に乗って散歩、という人も少なかろう。
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少ないと言えば、榛名富士の山頂にも雲がかかっていて、榛名山ロープウェイ自慢の2両連結ゴンドラにもほとんど人の姿は見られませんでした。僕は高いところが大好きなので、ロープウェーに乗りたかったのですが、流石にこの雲行きでは意味ないなーと途方にくれていると、仕事柄群馬に詳しい同行者の一人が
「せっかくここまで来たんだから、すぐそこですごいいい所だよ」
と榛名神社を激プッシュしてくれまして、結果から言うとこれは大正解でした。

深山幽谷に佇む榛名神

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榛名歴史民俗資料館前の駐車場に車を止めて坂道を上りながら榛名神社を目指します(写っているの知らない人たちです)。これだけの傾斜のある門前町、珍しい気がする。なお、「榛名神社駐車場」というのぼりが各所に立っていて、車運転しているときにはよくわからなかったのですが、どうも市が直接設置した公営駐車場の他、宿坊や商店の駐車場も参拝客駐車場として利用可能のようです。
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二の鳥居。
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随神門(国指定重要文化財)。

杉並木の参道。

苔むした参道の手すりも例えば夏の日差しのもとで見たらイメージが結構違うんだろうな。
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桟道の中には塞の神を祀った社がありました。侵食の激しい崖沿いに塞の神が祀られているのは興味深い。
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日々山体が削られていく火山の荒々しい様子が見て取れます。
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瓶子の滝。こちらの侵食の様子も面白い。滝壺には氷がまだ残っています。
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仏堂形式で建てられた神幸殿(国指定重要文化財)。神仏習合の名残を見ると、がぜん古い伝統に触れた感じがしますね。
階段下の杉は武田信玄箕輪城攻めに当たって矢を立てて祈願したという矢立杉。

山門をくぐりいよいよ本堂へ

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神門(左)と双龍門(国指定重要文化財)。
階段が続いた上にこの霧。気温は決して高くないのにこのへんで段々蒸し暑くなってきていました。
あといま「国指定重要文化財」って書くの楽しくなってきた。
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双龍門の扉の龍神様。躍動感ある。ここまでディディールが残ってるの凄いですね。
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左端から神楽殿・額殿・本殿(いずれも国指定重要文化財)。山中の僅かな土地に山肌と杉の巨木に抱かれるように立っているのが印象的で、昔の人々の山岳信仰感のようなものがうかがえる。
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なんでもモノクロにすればエモくなるだろうという試みです。怒らないで……。
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欄間だけでなく床下まで細緻な意匠が施されていて、古より寄せられていた信仰の篤さを思わせます。

隠しステージ、「榛名川上流砂防堰堤」

と、本堂・拝殿の裏の階段を降りていくと建物の壁に「→ 砂防堰堤 国登録有形文化財なるそっけない案内板がありました。同行者の1人が治山・治水施設好き*3だったこともあり、ヨシ、行ってみましょう、ということに。
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「クマ出没注意」の看板や「番所あと」の看板など見つつ川筋を辿ると。
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見えてきました。
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練石積みの実に見事な堰堤です。
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数日続いた雨の後でもこの程度の水量であることが、この堰堤が治水ではなく砂防のための施設であることを如実に語っています。昭和30年から榛名神社などを土石流災害から守っている由*4
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整備中の遊歩道のを登ってたどり着くのは
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堰堤天端。作られて60年たち、堰堤の貯砂容量はすっかり使い切られています。さらに少し歩くと向こうにうっすらと何やら直立したものが見え……。
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「うわ、めっちゃ雰囲気ある……」
「これ絶対暴力ちゃん*5が大好きなやつだ」
「霧の夜だけに動き回り、目撃した生き物をすべて死なせるオブジェクトにしか見えない……」
砂防堰堤内ということで土質の違いでもあるのでしょうか。普通の森林とはちょっと違った雰囲気の林が育ちつつあり、天候と暮れかけの薄い日差しが相まってなんだか『裏世界ピクニック』の裏世界に迷い込んでしまったかのような気分になってきます。
なお、帰ってから調べたところこれは「九折岩(つづらいわ)」という奇岩だそうです。
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さらに日が暮れると、何気ない門前町の親子までこの感じ。霧の画を作る力強すぎる……
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その後、特に怪異に会うことはなく下山。年度始めとは言えどようにこんなに人が少なくていいのかという伊香保温泉街を散策し、「石段の湯」で一風呂浴びて帰途へ。石段の湯は露天風呂こそないものの、お湯の印象がくっきりしていて、また空いているのでゆったりと入浴できて大変良かったです。晴れてると混むのかな?それとも温泉旅館街の立ち寄り湯ってちょっと時間遅くなるとこんなもんなんだろうか。

帰り道、車内で雑な会話が盛り上がり、勢いのままにうちで酒盛り→翌日昼間までダラダラ、といった流れになったのですが、それはまた別の話。

*1:自衛隊のイベント、朝が早くて終わりも早い

*2:どうやらリゾートマンションらしい

*3:ちょうど道中の車内で小谷村砂防ダム巡りツアーに行った話などを聞いていた

*4:榛名川上流砂防堰堤 文化遺産オンライン

*5:というインターネットの友人がいます

霧雨の中の駐屯地祭、「第12旅団創立16周年 相馬原駐屯地創設58周年記念行事」

やまない雨はないけれど

ブログIDからおわかりの方もいるかもしれませんが、このブログではあまり取り上げていないものの、わたくし、ミリオタでして、自衛隊のイベントなどにも時折出かけております。んでたまにはちょっと変わった駐屯地祭にでも行こうかと、ミリオタの友人とミリオタじゃない友人を誘い、レンタカー仕立てて群馬県は相馬原の第12旅団創立記念イベントに行くことにしました。第12旅団は陸上自衛隊の部隊の中でもヘリコプターが比較的多く配備されている部隊で、ヘリがばんばん飛ぶような訓練展示が見れるかなと期待していたのですが……
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週半ばからの雨が土曜まで引きずられ会場の相馬原飛行場は霧雨の中。
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すでに始まっている高機動車の体験搭乗も心なしか避難民輸送のような雰囲気が出ています。
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本日の壁サークルであるヘリコプター地上滑走体験抽選券配布*1ブースに並びます。当たるといいなあ……。
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観閲式が始まった頃の様子。
霧雨に包まれて何もかもがうっすらとしています。
なお、今年*2は翌9日の滝ヶ原の駐屯地祭もこんな感じだったらしい。
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時間が進むに連れてきてちょっと収まりましたがこの程度、やはり訓練展示その他でのヘリの飛行は中止となってしまいました。残念!あと、地面がビシャビシャなので観覧者の多くが立ったまま傘をさしており、写真のアングルがかなり難しくなったのも残念といえば残念。
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雨天のいい面としては、車両がヘッドライトつけてるだけで何だが雰囲気が出るところですかね。
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なお記憶が定かではないのですがこの観閲行進の前後で、東京近郊の駐屯地ではあまりないようなやたら長い来賓祝辞・来賓紹介・祝電紹介その他が延々と行われており、一緒に行った人たちと思わず
「旅団本部としてはやはり担当地域の全部のメンツを立てているのかな」
「政治家の名前多すぎるし、単に上州戦争の名残では……
というような会話を繰り広げました。
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旅団本部のイベントなので後方支援部隊のはたらく車たちがいっぱいパレードするの見てて楽しい。
きちんとした行進と訓練展示の写真を狙うなら来賓用スタンドの滑走路向かって左手に陣取るのが良さそうでしたが、多分そこから埋まっていくんだろうと思います。我々は7時東京駅集合で9時過ぎに現地着でしたがすでに写真の好スポットは全部抑えられていた感じ。都心から行くなら前泊とか始発頃に動き始めて道々友達拾っていくとかしないとバッチリの写真は難しいかも。

出撃!車懸りの陣

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偵察隊のバイクによるバイクドリルのあと、いよいよ訓練展示が始まります。
滑走路端に想定された敵の拠点方向に、第12偵察隊のオートバイと87式偵察警戒車が偵察に向かいます。
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敵の応射を受けて一旦退却する87式偵察警戒車。砲塔は敵の方に向けたままです。
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偵察隊の報告を受けて火力陣地に展開する師団特科隊*3の155mm榴弾砲FH-70。
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こういう牽引式の大砲は移動形態から射撃形態に切り替えるのに少し時間がかかるものなんですが、その切替中、写真のように新潟は高田駐屯地の第2普通科連隊*4軽装甲機動車*5がぐるぐると砲の周りを走り回っており、場内放送によると「上杉謙信公が第4次川中島の戦いで用いたという車懸りの陣で援護します!」とかなんとか。これ完全に『天と地と』だったらむざむざとやられるやつや……。ご当地ネタ挟んでくるのは土地柄なんだろうなー。
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FH-70に加えて迫撃砲も展開を終え
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普通科部隊が敵と撃ち合っているところで
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バーン!!!!
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ズガーン!!!!
と敵陣に向けて射撃。駐屯地祭で撃たれるのは空砲なんですが、いやはや、それでも何度聞いても大変迫力があります。
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迫撃砲も砲身に弾薬を落として撃ったフリ。
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火力の集中で敵が怯んだ隙に先ほどから展開していた普通科部隊のほか、旅団の残余も追撃に加入。敵を追い払って訓練展示END。ヘリが飛べる状況だったら、偵察と追撃のところでヘリ部隊が投入されたのかなーと思いました。

戦いすんで日が暮れて

駐屯地祭の常として、訓練展示が終わると来賓向けの祝賀会場への移動放送などが流れ始め、だいたいのことが終わった雰囲気が醸し出されます
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FH-70も再び移動形態へトランスフォーム。
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分解して持って帰られる81mm迫撃砲
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ということで我々も午後の装備品展示の前に腹ごしらえと、桜並木の売店会場に移動。群馬の山裾の方では桜にはまだ少し早く、かき氷が投げ売られていたのが印象的でした。
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思い思いにご飯を買って駐車場に戻り、レンタカーでご飯。
僕は群馬に詳しい同行者の1人がプッシュしていた「登利平」の「鳥めし竹弁当」をチョイス。
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コクはあるのにしつこくないタレが鶏肉にもご飯にも染み渡っていて、常温のままでもとてもおいしい!ボリュームもあって満足度が高かったです。ビールでもさくっとあけたいところ、今日は運転手なのでがまんがまん。

足湯と榴弾砲が大人気

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お昼ごはん食べているときから「地上滑走」*6をしているCH-47の音は聞こえていたんですが、訓練展示で出そこねたAH-1Sも出てきた模様。
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大規模イベントに出動する携帯電話の臨時基地局っぽい「野外通信システム」の車載システム。
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こちら、第12旅団の一部部隊が駐屯する宇都宮駐屯地からやってきた中央即応連隊所属の「輸送防護車」。オーストラリアの「ブッシュマスター」という装甲車の日本向けのもので、戦闘やIEDの脅威がある地域から現地の邦人を避難させる際に使用する車両。地雷を踏んだ時に爆風をうまくそらすため、車体の底がV字型になっているのが見て取れます。2016年度現在で計8両しか購入・配備されていない、かなり珍しい車両です。
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記念塗装のOH-6D。なんかWeb1.0って感じがする。
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人気を集めていたのは訓練展示でも活躍していたFH-70榴弾砲。多くの人が思い思いに射手席?みたいなところに座らせてもらってました。
あとここの装備品展示、最近どこの陸上自衛隊のイベントに言っても展示されている、場合によっては自衛隊のイベントじゃない防災関係のイベントとかでも展示されている96式装輪装甲車が展示されてないのが返って印象的でした。ヘリで運べない重さの装甲車*7なので第12旅団には配備されていないんですね。空中機動歩兵って本質的には軽歩兵だよなというのと、旅団長手持ちで一番重いの87式偵察警戒車で、動ける火力としては対戦車中隊が編成に残されてるんだなっていうのはミリオタとしてフームとなった次第。
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この他人気だった野外入浴セット2型による足湯。
雨で寒かったというのと、隊員の人たちが「ぜひ寄っていってください!」「足湯ですからSNS等へのアップもOK!!」って頑張って宣伝していたのが良かったんだと思う。野外入浴セット、災害時に自衛隊が設置する臨時のお風呂として段々有名になってきてますが、災害時じゃないときでも体験してホッとして貰える機会があるの、多分いいことなんだと思います。
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コブラ、飛行場には来ていたのに近くに寄れませんでした。
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なお最後ですが、「徳の高い男のtumblrには化学消防車の画像が流れてくる」という俚諺を思い出したので飛行場配備の化学消防車の写真をおいておきますね!

こののち適当にドライブしたあげく榛名神社など行ったのですがそれはまた後日!

*1:無配(無料配布)です

*2:2017年

*3:砲兵隊のことです

*4:歩兵部隊

*5:装甲ジープみたいなものです

*6:われわれは外れでしたー

*7:輸送防護車も同じくらい重いんですが、別部隊の装備なのでまあ

公園の一角にある以外と充実した動物園、江戸川区自然動物園

まだ冬の気配の残るころに、いってきました江戸川区自然動物園

自然動物園は行船公園の一角にあります。「ぎょうせんこうえん」なんですよね、来るの数度目なんですがいままで「ゆきふねこうえん」だと思ってました……。

お子様たちがめっちゃ遊んでる遊具ゾーンを超えて見えたきた入口。無料です。

賑わう園内

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昼下がりだったからか、めっちゃふれあいコーナーが賑わっています。
昼下がりなのでオタリアもご飯時
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特に説明のないまま飼育係の人の手からめっちゃ魚を食べてました。

日向でぬくぬく

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ブラウンケナガクモザル。尻尾が器用なクモザルの一種なので、動くとき常に手足と尻尾のどれかが何かを掴んでいる感じ、すごい見事なんですがあんまり動いてくれませんでした。お気に入りの日向ぼっこスペースらしい。
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こちらはジェフロイクモザル。放飼場背後のイラストがいい味出てますね。
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地上に降りて毛づくろい中。クモザルってこんなに地面でくつろぐんだ……。
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オグロプレリードッグ。こいつもこの格好で原産地にいたら猛禽にやられそうなんですが、どうなんだろうな……。
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ベネットアカクビワラビーは一心不乱に草食ってました。
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園で一番のアイドル(?)オオアリクイ。最近は動物園でミナミコアリクイばっか見ていたせいか、「あ、デカイなこれ……」と結構びっくりします。
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最近放飼場に改修があったのが気になっているのか素早く動き回るオオアリクイ
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もはや陽の当たらないところで寝ているレッサーパンダ
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大量に飼育され素早く動き回っているリスザルケージって、見ていると精神がゾワゾワしません?

両爬もいる、日淡も結構いる


まだ寒い日が続いていたのもあり、屋外の陽当たりの悪いカメ池みたいなところではみな冬眠中でしたが。
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保温されているケージ内のグリーンイグアナとか
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イシガメの幼体とかは超げんき。
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ホウシャガメ舎には原産地のマダガスカルのトゲトゲした木が植えてあり、来園者に少しでも現地をイメージしてもらおうと工夫されています。

この江戸川区自然動物園、上掲のイシガメの幼体いるところはミニ水族館みたいになっており、そこそこの数の国内産淡水魚と、アオダイショウやヤマカガシといった爬虫類やイモリなんかも展示されています。要するに「江戸川とその河川敷」にいる生き物の展示。江戸川東岸の市川市動植物園(と併設の自然博物館)でもやはり江戸川に生きる生き物展示はしっかりとしていて、地域アイデンティティの示し方だなーと思います。
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ウナギとか。
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ワタカ!この間琵琶湖博物館でも元気にしてたやつ!もともと琵琶湖水系にのみ生息しているのが養殖魚の種苗放流に従って全国に拡散して、江戸川にも定着したそうです。
他にも色々水槽があるんですが日差しの関係で撮影がうまく行かず……。

鳥インフルエンザ、絶対許さねえ

許す許さないもないんですが、
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カモフラージュを施した野戦指揮所みたいになってるペンギン舎。
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展示休止となっている猛禽類たちのケージを見ると鳥インフルエンザがいかに猛威を奮っているか、そして東山動物園の休園などもあって、各動物園がいかに神経を使っているかがうかがわれます。
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これとかもうなんだかわかんねえな……。
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薄っすらと透けて見えるショウジョウトキ。
とだいたいこんな感じでひとまわり。大型の獣も類人猿も猛獣もいませんが、バラエティに富んだ生き物がいて、ふれあいコーナがあり、どっか行きがてら寄るなんていうのにはいい感じの動物園だと思います。あと、行船公園は夏には金魚まつりが開催されるのでそのついでというのは動物園水族館好きにはちょうどいいかも。

飼われていないない生き物たち

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さて、行船公園内にはもちろん動物園以外のエリアもありまして、こちらは「築山池泉廻遊式」の日本庭園、「平成庭園」。開園が平成元年3月だからこの名前になったのだと思います、たぶん。っていうかきっともともとは違う名前になる予定だったんだと思う。
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この広々とした池にも様々な生き物がいまして、マガモ(これは自信ある)のつがい(たぶん)とか、
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羽を休めるハシビロガモ(たぶん)とか。
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カワウ(そこそこ自信ある)。
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あとこいつ、コイに混じっていたんで最初コイかと思ったんですけど、目が赤くて間が開いてるのとヒレの感じからするとソウギョアルビノですね(たぶん)。
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こうして、何もかも多分とかおそらくといった感じで曖昧なまま庭園を出た僕でしたが、目の前には公園らしい野球場が広がり…えっ?あれは都立宇喜田公園っていう別の公園なの?そうなの……。ともかく、公設釣り堀があるのは城東の公園っぽいですよね。逆に隅田川から西側って私企業の釣り堀結構あるけど公設のがないのはなんでなんだろうなあ……。
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「まあそんなことはどうでもいいじゃないですか、天気もいいですし、あんさんもどうですか一緒に昼寝」と睡蓮池からアカミミガメが語りかけてきているような気配を感じつつ、私は公園を去ったのでした。