むかしの「東京」を味わえる江戸東京たてもの園
歴史好きの友人が東京に遊びに来ていたので、一緒に行ったら面白かろうとかねてより思っていた江戸東京たてもの園へ。
皇紀2600年です @ Edo-Tokyo Open Air Architectural Museum https://t.co/05v4trbonJ
— ゆりしーず (@hms_ulysses) 2016年6月25日
「え、これとよく似た建物、日本ニュースの紀元2600年記念式典のやつで見たんだけど」
「これこれ、これがそのものよ」
などという会話をしつつもう一人の友人を待ちます。
この建物は入口ゲート兼ビジターセンターとなっているのは上記の通り紀元2600年記念式典のために建てられた・旧光華殿。
ちなみに彼が見たという日本ニュースは恐らくこれですね。
cgi2.nhk.or.jp
ビジターセンターの展示や、旧自証院霊屋など見つつ、まず高橋是清邸に上がります。
20世紀初頭の建物のため、平ガラスが均質な板状ではなく、わずかに歪んでいるのですが……写真だとわかりづらい。正面の建物は北多摩で製紙会社を営んでいた西川家の別邸。
外から見たこの写真のほうがガラスの歪みがわかりやすいかも。
2階は寝室と書斎があり和式の落ち着いたプライベートスペースといった趣き。窓から見える庭園も一部が復元されているそうです。
高橋是清邸。2・26で反乱部隊が駆け上がってきた階段。 @ Edo-Tokyo Open Air Architectural Museum https://t.co/s2NeqJB1pK
— ゆりしーず (@hms_ulysses) 2016年6月25日
2・26事件で高橋是清が殺害された後、彼の邸宅の一部は多磨霊園に移築されていて戦災を逃れたため、今日このように公開されるに至っています。
高橋是清邸を出て茶室・会水庵などを覗きこみつつ東ゾーンへ。東ゾーンは江戸末期から昭和初期くらいの商家の建物を中心にした、エリアです。
大正期の建物の街区なんだけど、こう見るとやたら西部劇感がある @ Edo-Tokyo Open Air Architectural Museum https://t.co/fdeCawv5I8
— ゆりしーず (@hms_ulysses) 2016年6月25日
西部劇っぽさありません?ソンブレロかぶってポンチョをはおり、腰には長脇差とピストルをぶち込んだ渡世人が大立ち回りを、こう。このエリアは建物だけでなく、お店の中も、なるべく明治~昭和前期の状況を再現しているのが見どころです。
いまはすっかり見なくなった荒物屋(丸二商店)さん。
花屋(花市生花店)の中も店先だけでなく奥の畳敷きのプライベートスペースまで再現されています。
こちらは筆類を中心とした文房具店(武居三省堂)。お店を閉めるときに中の商品もそのまま譲ってもらったため、右手の戸棚には墨汁や半紙などが、左手の引き出しの中には様々な種類の筆が当時のまま仕舞われています。
さてこの壁一面の引き出し、どこかで見たことあるなと思った方いらっしゃるかもしれません*1。写真に写っている解説ボランティアの方が手製のスクラップブックをめくりつつ説明してくれたことには
「この江戸東京たてもの園というのはスタジオジブリから結構近くて、『千と千尋の神隠し』を作るときに、スタッフの方がどうも度々いらしていたみたい。公式にそうだ、と発表になっているわけではないのでこっちで勝手に『モデルになっている』とは言えませんが、例えばこの店のこの戸棚のイメージはあの映画の油屋の地下の釜爺の部屋に投影されてるかも知れないですね」
とのことでした。
一息入れようと街並みの中に併設されている飲食処「蔵」で遅い昼ごはんへ。
武蔵野うどん。以前ここに来た時にはメニューに、水が乏しく農業が厳しかったため小麦をあまり消費できない多摩地域でボリュームを出すために、刻んだ野菜などと一緒に食べたのを再現している、というような説明があった記憶があります。
万徳旅館。これ何年か前に来た時まだなかった気がする……。青梅駅近くの青梅街道沿いにあった旅館の移築で内部は昭和25年ごろの再現とのこと。これだけ広く開け放てる建物だと、夏場でも涼しかったんだろうなあ。そういえば青梅市、まちおこしにレトロな映画看板の掲示とか昭和的なるものの博物館とか作っていますが*2、ちょうどその頃の再現なわけですね。
足立は千住から移築されてきた子宝湯。こちらも『千と千尋の神隠し』の油屋のモデルのひとつなんじゃないかと言われている施設です。
立派な唐破風とそこに立派な懸魚*3が吊り下がっているところに作りの立派さがうかがえます。
脱衣所。折上げ格天井の格調高い作り。しかし、ブログ書いてて思いましたが、昔の銭湯って意匠が寺院ぽいのなんでなんだろう。銭湯もこう、マージナルな空間だからなのか、単に商売として使用可能な意匠の中で最もわかりやすい豪華さがあったからなんだろうか。
男湯。奥のペンキ絵は戸田あたりから見た富士山かな。女湯との仕切りのタイル絵が、牛若丸と弁慶の五条大橋の決闘と那須与一の「扇の的」なのは男湯らしい。
女湯。男湯との仕切りのタイル絵は舌切雀とさるかに合戦。
ちなみに、女湯がお伽話のタイル絵なのは「子供連れが多いから」ではないかというのと、仕切り壁が大黒柱に掛かっているのが東京の湯屋のスタイルという話がありまして、これはたてもの園の説明ではなく、東郷隆の短編小説集、『明治通り沿い奇譚』の1篇「タイル絵」に書いてあった話。小説ではありますが東京の銭湯についてかなり良く取材されて描かれたものと見えるので間違いないところなのではないかと。
『明治通り沿い奇譚』は90年代初頭くらいの東京の雰囲気がよく出た、怪談と都市伝説のあわいのようなまさに「奇譚」としか言いようのない不思議な短編集で、不思議な話に関心のある皆さんにはぜひおすすめしたい。
- 作者: 東郷隆
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1996/05
- メディア: 文庫
- クリック: 3回
- この商品を含むブログ (4件) を見る
大衆居酒屋としてその筋では有名な根岸「鍵屋」の旧店舗。「1856年(安政3)に建てられたと伝えられています。建物と店内は1970年(昭和45)頃の姿に復元しています。」とのこと。
東ゾーンはこの辺として色々見ながら西ゾーンに転進。
昭和前・中期を代表する建築家、前川國男が1942年に建てた自邸です。
戦時下とは思えないモダンさと、戦時下なんだろうなというシンプルさがあわさった独特の感じがあります。ただこれ、今日でも自宅兼アシスタントを数人置く事務所としては十分に通用する設計ですね。
ここから近代邸宅を幾つか経由して、江戸期の農村の家々へ。
世田谷の綱島家。
板張りと畳敷きの部屋が折衷されているのがわかります。ここではこの写真の真ん中に見える神棚の他、かまどのところに祭壇があり、恐らく家の神様と別に竈神が祀ってあるのが面白かった。
こちらは三鷹にあった吉野家という農家。懸魚と式台のある玄関まわりに格式を感じます。
畳敷きの部屋が多く、奥座敷に付書院も配されていて綱島家に比べてより格式の高い農家であることがわかります。
バリアフリーのためにエレベーターを外付けされた古建築、サイボーグ感ある。名古屋城天守閣でも似たようなこと思ったけども。 @ Edo-Tokyo Open Air Architectural… https://t.co/i6xUSUXgHu
— ゆりしーず (@hms_ulysses) 2016年6月25日
常盤台写真館スタジオ。照明機材が発達していない時代なので、北側(写真左手)に採光窓を大きくとって安定した自然光を取り入れるようにしている。 @ Edo-Tokyo Open Air… https://t.co/dgXNlW5psy
— ゆりしーず (@hms_ulysses) 2016年6月25日
などと西エリア見て回っているうちにそろそろ閉園時間。
最後に見たのがこの、どこか少年探偵団シリーズにでも出てきそうな小出邸。子育てを終えた夫婦*4のために文京区西片二丁目に1925年建てられた家屋。
アップライトピアノの置かれたモダンな応接間。家具もこの家に合わせたしつらえだとのこと。電灯を目立たせない照明もおしゃれで、これ今の家の部屋だとしても見劣りしないですよね……。
2階は打って変わってシンプルな和室の部屋。こんな家を3日位借りて映画の上映会とか非電源ゲーム大会やりたいよねーなどと話しつつ、自転車で見回りに来た警備員さんに追い立てられるように慌てて退出。
江戸東京たてもの園、上がり込んだそれぞれの家屋でぼんやり座り込むだけでかなりエキゾチックと言うとか、時代の隔たりを穏やかに感じることができるので、インターネットのオタクにガンガン行って欲しい施設だと思いました。みんなどんどん行ってどんどんエモい写真を撮ってネットにあげてくれ!