インターネットあっちこっち

おじさんが、水族館や動物園に行ったり、そのへんでお酒を飲むブログです

2016年夏、台風の影に怯えつつ青ヶ島に行ってきたの記(その5)~橘丸で竹芝に帰る

台風5号の隙を突いて、ここ数年、たびたびネット(あるいははてなブックマーク)で話題になる「青ヶ島」に行ってきた旅行記その5です
hms-ulysses.hatenablog.com
の続きとなっております。
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八丈島、底土港に入港中の東海汽船「橘丸」。この時、既に台風5号は本州北部沖に抜けていたんですが、や奥の岩場に打ち寄せる波でまだまだうねりが収まってないことがわかります。
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桟橋の反対側の底土海水浴場。遊泳禁止になっているのか、散歩している人の姿しか見えません。
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着桟のためにぐるぐる回頭中の「橘丸」。


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このような護岸工事をやっているそうです*1。ちなみに「神湊港」とは底土港の別名。
八丈島も火山島、大きな川がなく、青ヶ島ほどではありませんが港湾適地が少ないため、港湾の整備には大掛かりな工事が必要になります。底土海水浴場も砂をよそから運んできて人工的に造成したものだそうです。
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乗船して自分のスペースを探します。今回は2等船室。僕に割り当てられたのは8人相部屋の部屋で、一人あたり1畳半くらいのスペースがあります。グループで旅行するときは、自席で話がしやすい分、完全に「寝台」スタイルの特2等船室よりいいかも。横になったとき隣の人と顔を突き合わせる必要が無いように、頭のところに小さな間仕切りが立っているのは近年流行りつつあるスタイル。窓はダミーなのですが船旅の気分を盛り上げます。
https://www.instagram.com/p/BI3lEeRjreA/
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海から見る八丈富士もステキです。
本を読んだり、酒を飲んだり、ぼんやり海を見て3時間。
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三宅島・伊ヶ谷港に入港です。こちらは少し波が低いみたいで桟橋の奥の方の海で泳いでいる人の姿が見えました。
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島の人と乗船客が紙テープを握ってのお別れセレモニー。里帰りしていた島出身者が再び島を出るのか、はたまた仲良くなった宿のお客さんでしょうか。
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雄山の山容。成層火山らしいきれいな山体で、度々島の人々の生活を脅かしているようには見えません。当たり前ですが、こうやって見ると、どの島もそれぞれ個性的で味わいがあります。
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記念にと思って船内レストランでお昼ごはん。「橘丸オムライス」を頂きます。
普通の食堂のオムライスですけれども、海を見ながらのご飯は気分が違います。
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三宅島からざっと2時間、大島の島影が大きくなってきます。
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このあいだ大島に行った時*2と同じ岡田港
に入港。奥には「橘丸」と同じ東海汽船所属のジェット船「セブンアイランド虹」が停泊しているのが見えます。
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セブンアイランド虹」は「橘丸」が乗降・荷役作業中に出港。持ち前の韋駄天ぶりであっという間に小さくなっていきます。
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「橘丸」がゆっくりと桟橋を離れている間に、
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今度はジェット船「セブンアイランド大漁」が入港してきます。高速船、さすが東海汽船のドル箱航路。
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「橘丸」に追いつきつつある「セブンアイランド大漁」。「橘丸」も決して遅い船ではないのですが、ジェット船はその倍以上の速力が出る特別な高速船です。
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西の方に目をやると、日本郵船の豪華客船「飛鳥II」とまた別のジェット船が航行しているのが見えます。「セブンアイランド友」です。
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並走する「セブンアイランド大漁」(手前)と「セブンアイランド友」。外洋で2隻が並んでいるの、結構珍しい光景だと思います。
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このあたりから航路のいわば「幹線」に近づいてくるのか、行き合う船が増えてきます。日本郵船コンテナの「IWASHIRO」(左)と商船三井の自動車運搬船「SWIFT ACE」。でも海の中はまだ外洋と同じなのか
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こんな感じです、ぶれてて小さいですけど……。NHKの『ダーウィンが来た』で見事なトビウオ回がありましたが、あれだけの素材をきちんと取るの腕も機材も一流のプロなんだなと思い知らされます。
三崎口から品川までが京急の特別快速で1時間10分ですから、だいたい電車の3倍位かけて航行することになります。理由は簡単、
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このように船が多く航行する航路のため、速度制限がかけられているわけです。ちなみにジェット船は小型のためこの規制を受けないルートを通るいわば「裏技」を使って、東京湾内を高速で航行しています。
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浦賀水道航路を南航する巡視船「いしかり」。「いしかり」は釧路に配備されている船なので、任務の都合上、一時的に東京湾に来ているか、あるいは建造所である日立造船の鶴見工場で整備を受けての試験中とか帰りなのでしょう。左に見えるタワーは浦賀水道航路を行き来する船舶を管制する東京湾海上交通センター*3の施設。
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日の沈んだころ富津沖の第二海堡*4を通過し
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羽田沖に達する頃にはすっかり夜に。
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盛り上がっているふうの東京湾納涼船とすれ違って小一時間。
https://www.instagram.com/p/BI4vIxrDw8N/
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十一屋酒店でかった青ヶ島マグネット、港を作るのにも一苦労な青ヶ島の様子を思い出すよすがにちょうどよいです……*5

旅のまとめとして

*1:ターミナル内の模型

*2:離島の小さな動物園、大島公園動物園に弾丸ツアーしてきた - インターネットあっちこっち

*3:通称:東京マーチス

*4:元要塞、現在では海上災害防止センターが消防訓練場として使用

*5:手前のなだらかなところが集落部カルデラ手前側・写真の真ん中あたりで薄い緑に光っているのが大里神社のある地点、そのすぐ横が島の最高所「大凸部(おおとんぶ)」、右奥の外側が三宝港といったあんばい

2016年夏、台風の影に怯えつつ青ヶ島に行ってきたの記(その4)~ヘリコプターに乗って八丈島へ!

台風5号の隙を突いて、ここ数年、たびたびネット(あるいははてなブックマーク)で話題になる「青ヶ島」に行ってきた旅行記その4です
hms-ulysses.hatenablog.com
の続きとなっております。

定期便のお見送り

さて、島内の名所はあらかた見てしまったので、3日目は運良く席が取れた午後の臨時ヘリまでお土産を買うくらいの予定。せっかくなので東京愛らんどシャトルの朝の定期便のヘリをお見送りしようとヘリポートに行きました。自分が乗るときは写真撮ってる余裕ないかもしれないし……。実はこの便の戻り(青ヶ島八丈島間)にもキャンセル等で空きが出ていたらしく、初日に午後のチャーター便を教えてくれたご夫婦はこちらの便に振り替えて一足先に八丈島に戻るとのことでした。
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おっ、来た来た来た。
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ギャー!!!
台風の風とダウンウォッシュ*1が合わさって砂はおろか小石まで飛んできました。どうにかカメラは守れたんですが体中ジャラジャラになってしまった……。
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機内預入荷物の搭載と
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お客さんの搭乗が終わると
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あっという間に飛び去っていく東京愛らんどシャトル。その間だいたい5分ってなもの。
なお、前にも書きましたが、伊豆諸島を結ぶコミューター便として運行されている東京愛らんどシャトルは、シコルスキー社のS-76という機体が使用されていて、国内ではこちら以外ですと、警察や消防、海上保安庁なんかでも運用されています。
シコルスキー S-76 - Wikipedia

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ヘリポートがクリアーになったのでその奥にある金比羅神社に自分の乗るヘリ便と帰りの橘丸の航海の無事を祈りに行きます。
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途中から振り返って見る集落の様子。
左端が小中学校、正面がヘリポートとその事務棟で尾根筋には上水道の集水設備が見えます。NTTのアンテナの右下に見えるのは教員用の都営住宅。
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ササがびっしりと生えていますが、参道には手が入っていて、僅かなクモの巣以外は歩くのに不自由しません。
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社殿から見返す鳥居。
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後はもうお酒を飲んでダラダラ……。
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ただ、神子の浦の展望広場からは台風の影響とおぼしき連綿と連なる雲と
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打ち寄せる荒々しい波が見えます。

1日前の同じところの波の様子がこうですから、台風の力を感じずにはいられません。
この後、青ヶ島唯一の商店である十一屋酒店でおみやげ買ったり、宿の食堂で天皇陛下のいわゆる「お気持ち」放映を見てむむーと考えたりしていたら、自分の戻り便であるヘリの時間が近づいてきました。

いよいよ青ヶ島に別れを告げてヘリに搭乗

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3日間お世話になった部屋を片付けて、宿のご主人に車を出してもらって一路ヘリポートへ。
6畳ほどの小さな「ヘリポート事務所」で役場の方からチケットを買い、荷物の計量をします。2本買った青酎の分か重量超過分が結構多くて、これならゆうパックで送っちゃったほうが良かったかなというお値段。
同乗客は旅慣れた感じのおねえさん(と言っても僕よりはお若かったような)一人でした。たしかにこの便だと八丈島―羽田の夕方便に間に合わないから、みなさんあるべく朝の便を選んだんでしょうね。おねえさん、とても親切な方で、僕が八丈での宿をまだ取ってないことを話すと自分が予約した民宿に空きがないか問い合わせてくれたりしました*2


などとぼんやり待っているとヘリの到着が近づき保安検査を受けることになりました。普通の空港のような金属探知ゲートがあるわけでもないので、ハンディ式の探知機で身体をチェックされ
「じゃあ検査の済んだ方は奥のほうに」
と奥の「出発ロビー」的なスペースに。当然保安検査済みですのでこれからはヘリに乗り込むまで管理されたこのスペースの外に出ることはできません。といっても事務所の一角に仕切り線があり、2畳くらいでベンチの置いてあるだけなんですけれども。
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いよいよヘリが到着。
用心してましたが朝みたいに小石が飛んで来ることもなく、平穏な着陸。台風のピークはこの島では過ぎたみたい。
まず八丈島からのお客さんが降りてきます。若い人が多く、牛祭りに合わせて帰省してきた人たちっぽい。事務所の横で家族や親戚との再開を喜んでいる様子が垣間見えました。
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乗り込むとシートベルトだけ確認され、あっという間に離陸します。固定翼機みたいな、滑走路への移動と滑走がないぶんいきなり感が高い。
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僕が座った左側の席はあまり島を望むことができませんでした、残念。この日のコースだと上記のおねえさんが座った右側が正解だった模様。
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しかし、商用ヘリというかS-76C初めて乗りましたけれども、ヘリコプターって正面は計器に覆われててあんま視界がないのな。そのかわり左右の足元がよく見えるようになっていて、離着陸や吊り上げ下げの作業のときの視界が確保されていました。正面はセンサーでカバーできるということなんだろうなあ。
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ざっと20分ほどで
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八丈空港に到着。ヘリポートと比べると小さな八丈空港の立派に見えること立派に見えること。
立派に見えるといえば、空港の観光協会のカウンターで素泊まりで民宿を手配してもらって、夕飯探しにフラフラと歩いていた僕には
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八丈島すごい奥行きのある広い島に見えました。わずか3日ですっかり青ヶ島に目が慣れたってわけです。
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専業の本屋があるのが珍しくて思わず八丈富士を背景に写真撮っちゃったりして。
夕食は食べログで評価の高い
tabelog.com
にて
https://www.instagram.com/p/BI2Rm33jVvV/
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明日葉の天ぷらなどいただき、ほろ酔いで宿に帰って「お気持ち」に関するNHK特番など見ている内に就眠…zzz。
さあ明日は東京に帰るぞ!!ここも東京だけど……

八丈島から竹芝への戻りにつきましては
2016年夏、台風の影に怯えつつ青ヶ島に行ってきたの記(その5)
に続く予定です。

*1:ヘリコプターが飛ぶ際に発生する地上に吹き下ろす風

*2:残念ながらその民宿は満杯

2016年夏、台風の影に怯えつつ青ヶ島に行ってきたの記(その3)~島の最高所「大凸部」とカルデラの内側「池之沢地区」の光景

台風5号の隙を突いて、ここ数年、たびたびネット(あるいははてなブックマーク)で話題になる「青ヶ島」に行ってきた旅行記その3です
hms-ulysses.hatenablog.com
の続きとなっております。

張り切って 「大凸部(おおとんぶ)」登山

青酎を随分といただいて、ぐっすり眠ってさあ、青ヶ島2日目。1日目に行けなかった青ヶ島最高所(最高峰?)、「大凸部(おおとんぶ)」とカルデラの内側に行く計画を立ててました。本当は朝一でご飯いただいてピャッと山登ろうと思っていたんですが



https://www.instagram.com/p/BIyTePpj-PD/
まあ、ご覧のとおりゆるゆるとした出発になりました。
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大凸部登山口。
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ちょっと登って行くと道の脇にトウモロコシ畑と謎の小屋を発見。
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目を凝らしてみるとどうやら鶏舎。こちらで卵をとっているお宅があるようです。
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すっかり草に覆われた貯水槽。向沢浄水場完成後も使われているのかどうかは不明ですがなんかもう廃墟の風情がある。
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大きな鉄塔はNTTの通信局で、おそらく八丈島に電波を飛ばしているっぽい。
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道半ばくらいのところで舗装路が終わり、いかにも山道といった風情になってきます。
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東台所神社の参道との分岐点。参道は苔むした傾斜のきつい石の階段となっており、運動靴でも登るのはなかなか厳しそうでした。ヤブを開かれたちょっと湿気の多い登山道を登ること10分位だったでしょうか……
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大凸部の展望台に到着!!
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昨日の尾山展望公園からとはまたひと味違った眺めです。この日は台風5号がより近づいていたせいで青ヶ島にかかる雲も刻一刻と様相を変え、風に吹かれて涼んでいるうちに
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海は白波が立っていてすぐ雲におおわれ
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カルデラ内の池之沢地区は霧に覆われたエルフの隠れ里みたいになった(もっとも、カルデラ内は農業その他産業地で、「里」である集落はカルデラ外にあります)。
さて、ひんやりとして霧の空気を味わっていたらどこかから何か騒音が聞こえて来たのでぐるぐる戸当りを見回していたところ、
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霧をついてヘリポートに着陸するヘリを発見!!定期便の時間から小一時間は遅れていたところを見ると、八丈島で天候を見計らっていたんでしょうかね。来島者が多いのかはたまた大物でも来るのか、送迎に立っている島民の数がかなり多い。
しかしヘリ、これだけの霧で着陸できるんだから悪天候に強いし、島の人が船よりも断然頼りにするわけですね……。
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そしてほんの5分後の離陸時にはこの晴れ渡りようで、島の天気のなんと変わりやすいこと!
https://www.instagram.com/p/BIyh-dvjOrJ/
晴れてくると湿気の撮れた気持ちのいい風がまた吹くようになって完全に↓という気分です。
かれこれ小一時間台風の影響で佇まいを変える島と周辺を堪能して下山しました。

島の公共施設・商店たち

「その2」で学校と浄水場を紹介しましたが、それ以外の施設たちについて。
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青ヶ島郵便局。ATMは土日も稼働しているので悪天候が続いて島に閉じ込められても宿に泊まる原資はここで引き出せます。なお、このサービスが稼働する前は手持ちの現金が尽きて宿で皿洗いしながら帰りの船を待つ来島者もいたとかいなかったとか。
また、驚きなのがゆうパック東京都本土発と同じ料金で送れることで、家が都内の人だと680円~荷物が送れます。もちろん船/ヘリ便の就航状況によって配達日数がかかってしまうわけですが、ヘリ便の超荷重量荷物料金が230円/kgであることを考えると、青酎何本か買って受け取りがいつでもいい場合など、こっちのほうが断然お得になります。
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現在、青ヶ島唯一の商店である十一屋酒店。酒店という名前ですが生鮮食料品から生活雑貨まで、生活上ちょっと必要そうなものはだいたいそろっていました。あと島の名産品を扱っているのもここだけなので必然的におみやげもここで買うことになります。精肉が全部冷凍で売られていたのが離島を感じさせました。僕は3日ともここでアイス買って向かいのベンチで涼んでいました。こちらで飼っているのか、いつも数匹ネコがうろちょろしてて、僕を見ると「知らん人だなー」って感じでどっか行っちゃうの。
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十一屋酒店の斜向かいにあるやはり島唯一のガソリンスタンド。車両の整備工場も兼ねていて、レンタカー屋さんも兼業。僕はてくてく歩くのが好きなのでレンタカーは利用しなかったのですが、青ヶ島は島全体的に坂道の傾斜がきついというのもあり、2人以上のグループで来た場合はレンタカー使うのが賢明だと思いました。ところで左の建物、週1でたこ焼き屋の営業があるって書いてあって……!?人口比当たりのたこ焼き屋件数すごい多い島かもしれない。
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島の体育館と運動場。牛祭りはこちらで開催されるとのこと。
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「信号」というものの存在を子どもたちにしらしめるため学校に近接して立っている島唯一の信号。信号が必要なほどの交通量は……まあ、なさそうでした。
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駐在所。こんな島だと事件事故も殆ど無いんだろうなーとチラと思ったのですが、海路・空路で出入りする島外者の把握はやらないといけないだろうし、災害があれば偵察と救援の手配を(手助けはあるにせよ)一人でやらないといけないわけで、結構大変な配置かもしれないと思いなおしました。駐在さんにちょっとお話し聞いてみたかった。

神子の浦展望広場と名主屋敷跡

上記集落の南の端にあるのが神子の浦展望広場で、集落近くにしては珍しく波打ち際まで見下ろせます。


https://www.instagram.com/p/BIyowoXjtWI/
寄せては返す波がひたすら砕け続けており、迂闊に船を寄せると良くて座礁、悪いと船ごと乗員が砕かれそうです。この晩、お酒を飲みながら聞いたところによりますと、この展望台から波打ち際まで15分で駆け下れる道があって50年がところ前には島の子どもたちはここで泳いでいたそうなんですが、どう考えてもひどい事故が頻発しそう*1。ちなみいまはその道も崩落し、展望広場より下に足を運ぶことはできません。
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休戸橋(やすんどばし)。駐在所からさらに東へ数分歩いたところにあります。昔はこの右手の山沿いに旧道があったようですが、この橋が新たに架けられたということは土砂崩れなんかが度々あったんでしょうね。
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さらに東にちょっと歩いて、「名主屋敷跡」の看板から階段を降りて行くと、すぐにNHKの「ダーウィンが来た」なんかで謎の動物を追うときに出てきそうな藪の中の小径にたどり着きます。
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小路を降りきったところでふと何かの気配を感じて脇を見てみると、隣接する農家のウシたちが不審そうにこっちを見ていました。名所に続く道とはいえあんまり人通りがないんだろうな。
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名主屋敷跡に続く立派な玉石垣。玉石垣は八丈島でも同じようなものが残存していて、海の波で侵食された医師を使っている模様。なお道に生えている堂々たる植物は「オオタニワタリ」と言って暖かい地方に生えるシダの一種で、葉の根元に枯れ葉が溜まっているのはこれを養分として使用するためで、自然と葉が溜まりやすい形状になっているそうです。八丈島にも生息しているもののだいぶ数が減っていると後日八丈島で泊まった民宿の本棚の本に書いてありました。
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もうだいぶ自然に戻りつつある名主屋敷跡。
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この石組みが屋敷の外周跡なのかな?水たまりこそないものの、足元の土はだいぶぬかるんでいて往時の居住環境が偲ばれました。
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宿に昼ごはんいただきに戻る途中、積乱雲が海に雨降らせているのを見かけて、これはいい景色だなーって見惚れていたところ、「大丈夫です?もうごはんできてますよ」と携帯に電話が来まして慌てて足を早めました。

異郷感あふれるカルデラの内側「池之沢地区」の地熱釜、暑すぎるサウナ、そして内カルデラ周遊路

昼食の後、集落の行事*2が一段落して空き時間ができた宿のご主人に軽トラに乗せてもらい、朝、大凸部から覗き込んでいたカルデラの内側「池之沢地区」に送ってもらいました。
池之沢地区への道筋は、集落のある岡部地区からだと、楽観的に見積もってもアップダウンを乗り越えて1時間以上といった行程だったので、半日くらいレンタカー借りようかなと思っていたのですが、そんな話を前の晩に酒を飲み飲みしたところ、ご主人に「午後にはいっぺん身体空くから送っていくよ」と言っていただいた次第。
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車に揺られること10分ぐらいだったかな、途中キャンプ場の前など通りつつ、島の真ん中へ。しかし、キャンプ場にテント貼ってた人たち、あの後の風雨どうやり過ごしたんだろう……。

白い建物が地熱(火山蒸気)を利用したふれあいサウナ、茶色い建物が同じく地熱を利用した島特産の「ひんぎゃの塩」*3製塩場、右手前のコンクリートの構造物が、同じく地熱を利用した調理器具「地熱釜」。
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地熱釜のアップ。足元のレバーをひねって、ひんぎゃをいわばON/OFFする仕組みになっています。今でこそこのように、観光客向けの施設や福祉的なサウナで利用されていますが、かつて「ひんぎゃ」は日々の煮炊きや暖房に利用されていたとのこと。
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蓋を開けて宿で分けていただいたタマゴを投入。お芋でも干物でもおこわでも何でも蒸かせるそうなんですが、いかんせんお昼を宿で頂いていたのでタマゴだけ。ひんぎゃ操作レバー(?)を「開」の位置にして熱気が出てきたことを確認し、蓋を閉めます。ひんぎゃ、匂いなどはほとんど感じず、この釜の中も硫黄臭さなどは感じませんでした。


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景色を見たり、Kindleに入れてきた山岳遭難ルポ*4を読んだりしつつ待つこと20分、
ヤマケイ文庫 ドキュメント 気象遭難

ヤマケイ文庫 ドキュメント 気象遭難


https://www.instagram.com/p/BIy7VFHjntM/
余裕な顔してインスタにあげてますが、茹で上がり後の冷やす用の水持っていなかったためタマゴめちゃくちゃ熱かったです。でも美味しかった!(なお、こんなことしてる途中に昨日お世話になった例のご夫婦の乗ったレンタカーが通りかかりまして、「歩いてこられたんですか!?集落戻るなら乗って行きません?」ってありがたくも声をかけていただきました。「いや、あとで宿の人に迎えに来てもらうことになってるんです」と説明しつつ、陳謝陳謝。旅は道連れを体現するように度々お声がけいただき、感謝感謝でした。)

このあと「ふれあいサウナ」で一風呂浴びたのですけれども(お風呂なので写真なし)、中はきれいに整備されていてちょっとした旅館の大浴場といった雰囲気。受付で料金を払うとサウナで使う下敷き用のマットを渡されます。脱衣所のロッカーで服を脱いで、と、いったところで気がつくわけですが、すでに熱い、もう脱衣所から床が熱い。こ、これは……と思いながら浴室に入ると湯船とシャワーがある普通のレイアウトなんですが、すっかり熱気がこもっています。一番奥のサウナに入ってみると、こちらはミストサウナとしてちょうどいいかなという熱と湿気。マットを敷いて汗が吹き出すのを待つことしばし、いい汗をかいたところで浴室に出ます。ただ、ここで問題が……。先ほどから書いているようにサウナで利用されている火山蒸気はどうもサウナ室内だけじゃなく、浴室や脱衣所にも影響を及ぼしているようで、シャワーのカランの温度調節を最低温にしても程よい温かさのお湯が出てくる、水風呂として設置されているっぽい湯船に手を突っ込んでみてもこちらも程良い温かさ*5と、身体を冷やすアイティムが一切機能してないんですね。やむをえず、もう一度さっくりサウナに入り、のぼせない程度に堪能した後、唯一冷房が効いて涼しい脱衣所の脇の休憩スペースで体を冷やしておりました。ここ、涼しい時期だったら最高のサウナっぽいんだけど、夏はいささか手ごわかった。

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サウナから上がり、シャツを着替えて内カルデラの「丸山」遊歩道へ。
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木立の間から覗く外カルデラの北方面の風景。山肌真ん中の小さな黒い点が集落へと続く「平成流し坂トンネル」。これの開通以前は左側のつづら折りになっている「流し坂」が交通路だった由。
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こちらは外カルデラの南東部、金太ヶ浦付近でちらりと太平洋が姿を見せています。画面左手の方に農業用水の取水施設があるらしいのですが、まるで原生林のように人の手が入っていない光景に見えてしまいます。展望公園や大凸部から見下ろした時も感じましたが、外カルデラは海や風雨から内カルデラを守るように広がっていて、そりゃ近代以前でもここに結構な人が住み着くよなあというのが直感的に分かります。まして噴火以前には内カルデラが水を湛え、天然の貯水池となっていたというからなおさらです。
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遊歩道、道の狭いところでこんな感じでした。至る所にオオタニワタリがまさに谷を渡るように生えていました。
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真南側。鬱蒼と生い茂る樹々はまるで古典的なSFか冒険小説の舞台のようです。
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遊歩道周回を終えてさっきゆで卵を食べていた東屋に戻ろうと歩いていたら、何やらかすかシューシューという音が聞こえます。
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写真にはうまく撮れませんでしたが、上掲の写真の真ん中、この写真の黒い穴のところから湯気を上げて火山蒸気が吹き出ていました。内カルデラの「丸山」が生きている火山であることを、周遊道を降りてからむしろ実感。
なお海上保安庁の観測*6によれば、島の周囲では度々仮面変色が観測されてもいるそうです。

この後で宿でお酒をいただきながらご主人と話をしていた際、「池之沢地区は活火山でね、気象庁もいっぱいセンサーなんか設置して観測してるんだよね。島民も年に一回、噴火を想定して全島避難の訓練をやってるんだよ」と教えてもらいました。「江戸時代はみんな住む土地が決まっていて八丈島でも苦労したから50年経っても『還住』を果たせたわけだけれども、いまは東京に家族や親戚が住んでいる人も多いからね。もし噴火で全島避難となった時にどれだけの人がその後戻ってくるのか、難しいところだろうねえ」という言葉が続き、火山の離島に住むことの難しさにハッと胸を突かれました。日本の少なくない地域で直面せざるを得ない問題である、恵みでもあり災いでもある火山……。

2016年夏、台風の影に怯えつつ青ヶ島に行ってきたの記(その4)

に続きます!

*1:ここで泳いでいたという島の方は特に危ないことはなかったとおっしゃっていました

*2:お盆の前に無縁になってしまった墓地の周りを共同で草刈りしていたのだそうです

*3:「ひんぎゃ」とは火の際(ヒノキワ)が転訛した火山性蒸気を指す島の言葉です

*4:台風をついての旅行だったのでなんか戒めに見たいな気分になって買った

*5:事実上造成温泉になってるんじゃないかなこれ

*6:海域火山DB 青ヶ島

「東京のミニパナマ運河」を自称する扇橋閘門の一般公開を見てきた

見てきました。去年*1も見たんですが楽しかったので今年はうちに泊まりに来ていた友人たちを引き連れて行ってきました。
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そもそも墨田区のほとんどと江東区の北側2/3程を占める江東デルタ地帯は、戦前~高度経済成長期の地下水と天然ガスの組み上げによってすっかり地盤が沈下してしまい、東京湾の干潮時の海面よりもさらに地面が低いという地域が広がっています。このため、西は隅田川沿岸、東は荒川沿岸にしっかりとした堤防を作って多雨・台風時の洪水を防ぎ、あわせて小名木川の水位を調整しつつ舟運の便を図るための施設のひとつが扇橋閘門なのです。
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控えめにのぼりが立つ扇橋関門入り口。僕らがここに差し掛かると、テントの下から
「もうすぐ船が通りますよー」
という広報の声が。
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慌てて閘室*2に駆け寄ってみると、隅田川側の「前扉」が開けられており、そこにアプローチする遊覧船の姿が見られます。
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荒川方面の水路を締め切る「後扉」。その向こうの小名木川の水位が遥かに低くなっていることが分かるだろうか。常に水門の「隅田川側」の水位が高く、「小名木川側」の水位が低いように調整されています。
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進入してきた船が閘室のどこかにもやいを取ると
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後扉の外側に閘室の水がどんどん排水されていき
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水位がぐんぐんと下り、
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やがて後扉が開くと船が小名木川の方に入っていきます。
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扇橋閘門の非常用発電機と管制室(2階)。
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管制室の横の通路で隅田川側を眺めていると、すぐに先ほど向こうに行った遊覧船が戻ってくる旨の通知が。
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船が入ると後扉が閉じて……
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閘室にどんどん水が流れ込んできて水位を上げます。
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やがて水位が一緒になると観光船は隅田川方面に向けて航行していきました。
ちなみに閘門をくぐるとき船の乗客が傘を差しているのは、閘門が上がるとき真水の洗浄シャワーがゲートに吹きつけられそのしずくが垂れてくるからで、川の水はほとんど垂れてこないそうです。
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管制室。もともとはそれぞれの水門の上で管制していたものの、効率化のために一箇所にまとめられたとのこと。
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小名木川の生き物として展示されていたハゼやチチブたち。
閘門以東の小名木川横十間川北十間川、旧中川はひとつの水系として水位調整されていて、水質維持のため扇橋閘門と北十間川桶門から隅田川の水を導水、木下川排水機場から荒川に向けて排水する水の流れがあり、通常時、水系内の水は3日かけて入れ替わっていくとのこと。道理で春先から多くの人が釣り糸を垂れていても魚影が消えないわけだ。

パナマ運河に比べるとあまりにささやかな施設ではありますが、東京東部を洪水から守り、河川交通を維持する大事な施設である扇橋閘門。じつはここ、この秋から耐震改修工事に入るため2年強に渡って見学だけじゃなく通航もできなくなってしまうとのこと。*3
今年の一般公開は残すところ20日(土曜)、21日(日曜)、27日(土曜)、28日(日曜)の4日間のみ。興味がある方は今のうちに行っておくのが良さそうです。
www.metro.tokyo.jp

*1:2015年

*2:関門と関門の間の水路

*3:その間、船舶は荒川ロックゲートから出入りすることになる

2016年夏、台風の影に怯えつつ青ヶ島に行ってきたの記(その2)~青ヶ島上陸-一晩目まで

台風5号の隙を突いて、ここ数年、たびたびネット(あるいははてなブックマーク)で話題になる「青ヶ島」に行ってきた旅行記その2です
hms-ulysses.hatenablog.com
の続きとなっております。
↑にて青ヶ島三宝港に到着後、迎えに来ていただいた宿のご主人の軽ワゴンで宿泊先に向かいます。カメラバック胸に抱えて緊張していた*1ので道中写真撮ってないのですが、三宝港から外輪山を貫いて内カルデラに至る青宝トンネルの狭さ、内カルデラに茂る亜熱帯の植物の雰囲気、そして集落に出るために再び外輪山を貫く平成流し坂トンネル前後の胸を衝くような坂など、そのエキゾチックな情緒に圧倒されていました。
なお、青ヶ島を「インターネットの通じない秘島」みたいに書いているサイトを見かけたんですが、NTT DocomoだとLTEこそ通じていないものの、島の各所で3Gは問題なく通信ができていたことを書き添えておきます。
僕が今回お世話になったのは「民宿杉の沢」さん。居酒屋も営業されている宿で、居酒屋の方に通されて「昼ごはんいります?」って聞かれました。八丈島ではギリギリの乗り継ぎで何掛かっている余裕もなかった僕としては渡りに船、「お願いします!!」と元気よく答えて冷やし中華とおにぎりのお昼ごはんを頂きました。
「部屋は『新館』の方だからねー」と鍵を渡されて徒歩で数分(車だと数十秒)の建物に連れて行ってもらい、割り当てられた部屋に着くと、そこには清潔で気持ちのいい布団の用意があって、しっかりと冷房も効いており……



完全に、ごろごろしながらスマホでインターネットをやるという、自宅でのけだるい土曜の午後と同じのんびりさに身を委ねてしまいそうになりました。気力を奮い立たせて、お昼ごはんの時いただいた手描きの地図を元に
と、まずは島内随一の眺望という尾山展望公園をめざして部屋を出ます。
部屋を出てすぐに気がついたんですが、青ヶ島、上り坂全体がすべて急で、すぐに汗だく、息も切れてしまいます。これ、単純に僕のウエイトが重いからだけじゃなくて確実に地形の制約が道に反映されています。
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集落にほど近いところの携帯の基地局と、さらに山の上に見える別の携帯の基地局。山の斜面を覆う人工的な緑は、雨水を利用するために雨が地面に染み込まないようにする撥水性の塗装です。
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「簡易水道取水場」の銘板と、年金の還元施設であることを示す看板。舗装された斜面と、1万トンの水を貯める貯水槽とその付帯施設を合わせて向沢浄水場を構成している模様です。ちなみに、後に聞いたところによると、この浄水場が完成する前は5000トンの貯水槽を擁する水道施設があったそうなのですが、たびたび水不足に陥ったとのこと。
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そしてまた細い舗装路の急坂をえっちらおっちらと登ること、総計で20分ぐらいだったかな、きれいに整備された尾根筋の尾山展望公園にたどり着くと
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ほら!!島と海、もうただただそれだけの世界!!
もうねこれだけでね、この島来たかいがあったなーってすごい気分良くなってしまって、いい風も吹いていたので何をするでもなく、ぐるぐると身体を回しながらこの光景を見ておりました。
と、そこに、僕の視界をちょろちょろする謎の影が?
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???
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イタチだ―!!!!
こんな火山島に元からいた生き物とも思えず、後で聞いてみると、ある時期ネズミ駆除を目的として移入された個体群がそのまま居着いてしまったとのこと。固有の生態系に高い圧加えてないといいのだけれども……。
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あと、展望公園でのんびりしていたら、警視庁航空隊のヘリが島を2巡くらいして北の方に帰っていくのが見えました。駐在所スタッフだけじゃなくて、ヘリでパトロールとなると、まあ確かにこの島管轄できるの警視庁くらいだよなーと警視庁の規模に関する驚嘆を新たにしたりした。
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展望公園からは尾根線にそってこのように道が伸びていたので、この先にあるはずの島の最高地点である「大凸部(おおとんぶ)」に抜けていけないかなーと思って行ってみたんですが東台所神社までで行き止まり。
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途中の道から展望公園を振り返ってパチリ。
結構な時間をこれらの眺望を独り占め*2すると、集落に向かって降りていくことにしました。
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途中にあった「還住」像。「還住」とは、青ヶ島の内カルデラが江戸時代の天明5年(1785年)に火山活動を活発化させ、島民が八丈島への避難を余儀なくされた後、文政7年(1824年)に帰還して島を復興させた一連の史実を指します。島にとっては祖先の苦難の記憶で、「あおがしま丸」の先代の船が「還住丸」と名付けられているなど、深い意味合いを持つ出来事です。
詳細は
還住 - Wikipedia
など参考にしてください。
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青ヶ島小中学校。真ん中の太平洋にまっすぐ向いた渡り廊下が印象的で、青ヶ島を旅した人のブログでは必ずと言っていいほど言及されるポイントですね。青ヶ島小中学校は全校生徒20人程度のところ、中学校が他の学校と同じように教科別に担当教師がつくため、総計で20人強(+教頭+校長)という非常に手厚い態勢になっているそうです。ただ、地元出身の先生はいなくて、みなさん都内の別の学区から赴任されているということ、先生の態勢が手厚いから成績が良いかというと必ずしもそうではないこと、またここの中学を出るとさらに先の進学や就職を考えて(隣の八丈島の高校ではなく)、東京本土の高校に進学すること生徒が多いことなどを、のちのち地元の方とお酒を飲みながら教えていただきました。
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学校の海側すぐにあった佐々木卯之助の碑。↓こんなやり取りがあったのできょろきょろ探していました。

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工事現場で見かけた地層。火山活動のせいで褶曲している、という理解でいいのかな、これ。
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さらに集落を降りて行く途中で見かけた貯水槽。今でも使われているのか、向沢浄水場ができてからは使われていないのか、そのへんは不明です。また五洋建設の大きな出張所もあり、あ、マリコンが活躍する立地!と納得することしきり。そうこうしてるうちにたどり着いたのが
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「ジョウマン」と呼ばれる島の北端の草原地。
本当に完璧な、まるで夏そのものいった風情。写真で見ると海までほど近いように見えるんですが、目に入る端でもこれで実は海抜200mくらいあって、海と隔絶された島だなーというのがわかります。かつてはウシの放牧場として広く利用されていたそうですが、近年はウシの数もすっかり減ってしまったようで、草原というよりはササが卓越した笹薮となっています。

ちなみに、このジョウマンと集落を結ぶ道というのも急坂続きで、ホント足の裏と腰に来ました。

島の高所と低所を制覇して満足感とともにふらふらと宿の近くまで帰ってきた僕に声をかける人があり、「!?」と思って振り返ったると、「あおがしま丸」で一緒に上陸したご夫婦でした。なんでもこの日からしばらく「あおがしま丸」が寄港できない状況になりそうなため、「牛祭り」*3に合わせて就航するヘリのチャーター便の戻りに便乗できるようになっていると役場が広報しているとのこと。大変な感謝の気持ちとともに教えていただいた役場の番号に電話し2日後午後のヘリの席を予約します。「あおがしま丸」に比べると8000円くらい高いんですけれども、あてどなく閉じ込められること考えると安いものです。ほんと、とりあえず島まで来てみるとどうにかなるもんだなあ。

宿に返ってシャワーを浴び*4
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アオゼやカンパチの刺し身に舌鼓を打ちつつパッションフルーツサワーと青酎をいただいていたら、たちまちのうちに上機嫌になり軽く夜の散歩を済ませて布団にくるまると島一日目の夜は更けていきました……。

hms-ulysses.hatenablog.com
に続きます。

*1:カメラ持って旅する人間として何だこのザマという感じではあります……

*2:夏の暑さの盛りのせいか誰も登って来なかったですね

*3:8/11に開催される島最大の祭り。島外在住の島出身者も多く帰島する

*4:シャワーも、宿の飲み水もそうなんですが、雨水からゴミをのぞいて塩素を添加した水だからか、島の水道をひねって出てくる水はどれも非常に当たりが柔らかかったです